テニスブームを起こした日本の世界のレジェンドプレーヤー

大正9年アントワープ五輪にて、慶応義塾大学テニス部出身の熊谷一弥選手がシングルスで銀、柏尾誠一郎選手と組んだダブルスでも銀を獲得していますが、これがオリンピック史上日本人が獲得した初めてのメダルでした。それに先立つ大正7年の全米選手権においては日本人テニス選手として史上初のベスト4進出を果たしましたが、この記録に追いついたのは錦織選手が初めてでした。

昭和の初めに佐藤次郎選手が四大大会で5回の四強入り、昭和30年に宮城淳&加茂公成組が全米ダブルス選手権で優勝、昭和63年に松岡修造選手が全豪で本戦入りするなど、歴史に名の残る選手が多くいます。

日本人女子では、昭和50年に沢松和子&アン清村ペアがダブルスで日本人女子で初めてウィンブルドンを制したことで日本は大いに湧き、バブル経済の好景気も手伝って第二次テニスブームが起こります。

平成には伊達公子選手がシドニーにて国外初のツアー優勝、直後の全豪、95年の全仏、96年のウインブルドンそれぞれで4強に入り、「世界の伊達」とまで言われました。この後杉山愛選手が「ポスト伊達」として活躍していきます。2000年の全米、2003年の全仏とウインブルドンを制覇し、ダブルスで世界ランキング1位に上り詰めます。