松岡選手の諦めない志

平成になってからの男子テニスを牽引したのは松岡修造選手でした。平成4年、韓国オープンで日本男子史上初のツアーシングルス優勝、同年イギリス・クイーンズ・クラブ選手権で準優勝、ATPシングルスランキングで自己最高の46位を記録しています。そして1995(平成7)年のウィンブルドンでは、1933年の佐藤次郎以来62年ぶりとなる8強入りを果たしました。

松岡選手が出るまでの日本は「第二次テニスブーム」まっただ中で、プロ選手は海外に挑戦しなくても国内に仕事がたくさんあったのが原因で、海外で活躍する選手が生まれてこなかったのだと言われていますが、松岡選手の活躍で、後に続こうとする選手が続々と登場していきます。

結婚を機に平成10年に引退、現在ではアツいキャラクターを活かしてタレントやTVキャスターとして活躍していますね。海外に行く度に訪問先は気温が上がり、その間日本は気温が下がることが大いに話題になりました。

また、錦織選手の育ての親と言われています。未来の選手を発掘するプロジェクト「修造チャレンジ」に、全日本小学生のチャンピオンになっていた錦織選手が参加、当初から彼の持つテニスの才能を極めて高く評価していました。